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東京高等裁判所 昭和35年(ネ)53号 判決

控訴人(原告) (選定当事者)小島敏夫

被控訴人(被告) 日本電信電話公社総裁・人事院

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。電気通信省関東電気通信局長が昭和二十五年十一月十日控訴人及び別紙選定者目録記載の選定者(以下両者を併せて控訴人らと称する、)に対してなした免職処分はいずれもこれを取消す。被控訴人人事院が昭和二十七年十月六日控訴人らに対してなした免職処分承認の判定及び昭和三十年十月二十二日右判定に対する再審請求を却下する旨の決定はいずれもこれを取消す。訴訟費用は第一、二審を通じ被控訴人等の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人はいずれも控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠関係は、新たな証拠として控訴代理人において当審証人佐々木卯之助及び同柿沢康治の各証言を援用し、被控訴人日本電信電話公社総裁訴訟代理人において当審証人吉沢健六の証言を援用したほか原判決事実摘示と同一であるからこれをここに引用する。

理由

第一、本件訴が不適法である旨の被控訴人両名の本案前の抗弁及び控訴人の民事訴訟法第二百五十五条に関する主張について。

当裁判所は右の主張をいずれも失当と判断するものであつて、その理由は原判決の理由と同一であるからこれ(原判決理由欄第一被告らの本案前の抗弁について及び第二被告公社総裁の免職理由に関する主張と民訴第二五五条と題する部分の説示)をここに引用する。

第二、免職処分の当否について、

(一)、小島敏夫が昭和二十三年七月逓信事務官となり、横浜中央電話局に勤務し、昭和二十四年六月電気通信省(以下電通省と略称する)設置に伴い、電気通信事務官(以下電通事務官と略称する)として当初横浜電気通信管理所に、昭和二十五年五月頃から横浜長者町電話局営業課に勤務していたこと、清水豊が昭和二十一年八月逓信事務官に任命され横浜電信局勤務となり、昭和二十四年六月電通省設置に伴い電通事務官として横浜電報局勤務となつたこと、村山邁が昭和二十四年五月逓信技官に任命され、横浜電気通信工務局に勤務し、同年六月電通省設置に伴い電通技官として横浜電気通信管理所工事局に勤務していたこと、下山重雄が昭和二十二年七月逓信事務官に任命され、横浜電信局に勤務し、昭和二十四年六月電通省設置に伴い、電通事務官として横浜電報局勤務となつたこと、昭和二十五年十一月十日電通省関東電気通信局長新堀正義が小島敏夫、清水豊及び村山邁に対し、同人らが共産主義者で、公務上の機密を漏洩し、公務の正常な運営を阻害する等秩序をみだる虞があり、公務員として適格性を欠く者と認めるとして、いずれも国家公務員法第七十八条第三号の規定により免職処分に付し、下山重雄に対し同人が共産主義の同調者で、公務上の機密を漏洩し、公務の正常な運営を阻害する等秩序をみだる虞があり、公務員として適格性を欠くものと認めるとして国家公務員法第七十八条第三号により免職処分に付したことはいずれも当事者間に争がない。

(二)、原審における控訴人小島敏夫本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる丙第五号証によれば、おそくても昭和二十四年十月頃より本件免職処分時頃迄小島敏夫、清水豊及び村山邁が日本共産党電通神奈川細胞(途中日本共産党横浜電気通信管理所細胞と改名)であつたことが認められる。尤も原審における証人清水豊の証言によると、同人は昭和二十五年七月頃日本共産党を脱党した旨の証言があるが、前記丙第五号証の記載に照らしたやすく措信できない。下山重雄が日本共産党員であると認むべき証拠はないが、後記事実に照せば同人は本件免職処分当時共産主義の同調者であつたと認めるのが相当である。

(三)、小島敏夫について。

(イ)、いずれも成立に争ない乙第五号証の四、乙第六号証の一、二、原審並びに当審における証人吉沢健六の証言及び原審証人山口寛治の証言の一部によれば、山口寛治は昭和二十五年六月四日に施行された参議院議員選挙に日本共産党公認の下に全国区より立候補し、同年五月末頃の午前八時十分頃より同四十分頃迄横浜市中区横浜郵便局通用門附近の道路上で選挙運動をしたが、この時小島敏夫は同所において山口寛治候補に投票するよう通行人に呼びかけていた事実が認められ、右認定に反する甲第四、第五号証の各記載、原審における証人山口寛治、同森秀男、同渡辺誠一郎、同勝呂寿常、同河井正一の各証言並びに控訴人小島敏夫本人尋問の結果及び当審における証人佐々木卯之助、同柿沢康治の各証言は措信できない。以上の小島敏夫の行為は国家公務員法第百二条第一項人事院規則一四―七政治的行為第五項第一号第六項第八号に違反する行為である。

(ロ)、次に成立に争のない丙第九号証の二及び原審証人高木光雄の証言によれば、横浜電気通信管理所労働組合長高木光雄の名により昭和二十五年五月十日附指示第一号の紙上に、各委員各班長に宛て「執行部の決議による当面の運動方法として、管理者の信任投票を実施されたい。最近故意に組合の会議の成立を妨害したり、正当に配分さるべき増対費超勤手当等を一人取りしたり、更に悪事の数々を犯している管理者を見受けるので、執行部は職場の民主化を計るため次の範囲(所長、業務施設両次長、管理所各課長、取扱局各課長以上)で信任投票を行うから各班は準備を強化して頂きたい。」との記事を掲げ、ついでこれを実施したことが認められる。そして右の記事から判る通り信任投票は横浜電気通信管理所労働組合の執行委員会の決議によるものであるから当時執行委員であつた小島敏夫、清水豊及び下山重雄(右の事実は控訴人の認めるところである)が右決議に参画し、その実行を推進していたものと認めるのが相当である。而して右指示によれば信任投票の提唱は組合員に対し管理者に対する不信任を投票によつて示すことを期待している趣旨であることが明白であるから、かような企画はこれにより管理者に対し圧迫感を与え上司の職務遂行に一種の牽制を加えることを狙いとするものであり、国家公務員として許された行為の限界を超えるものと謂わねばならない。

(四)、清水豊について。

(イ)、いずれも成立に争ない乙第六号証の一、二、原審証人渥美金市の証言によりいずれも真正に成立したものと認められる丙第十二号証の一乃至三、右渥美証人の証言及び原審における証人清水豊の証言の一部を綜合すれば、清水豊は昭和二十五年五月二十九日横浜電報局庁舎一階及び三階の各組合掲示板に「特報、二十五日当組合執行委員会において次の二氏を参議院候補として推薦を決定した。全逓信労働組合委員長全国区山口寛治、地方区自由法曹団弁護士岡崎一夫」と記したビラを某をして掲示せしめたことが推認され、右認定に反する原審証人清水豊の証言の一部は措信できない。以上の清水豊の行為は国家公務員法第百二条第一項人事院規則一四―七政治的行為第五項第一号、第六項第十三号、第三項に違反する行為である。

(ロ)、成立に争ない乙第三号証の一、二、原審における証人渥美金市の証言によれば、清水豊は昭和二十五年六月三日午前八時三十分頃神奈川県庁前道路上において、その翌日行われる参議院議員選挙の日本共産党公認候補者山口寛治、同岡崎一夫の氏名を記した二尺に四尺位の看板をたて、メガホンを使用して通行人に対し両候補のため投票を呼びかけていたことが認められる。右認定に反する原審証人森秀男、同河井正一、同清水豊の各証言は信用しがたい。なお控訴人は、横浜電報局の出勤簿及び勤務時間報告書の記載上清水豊は同日完全に勤務したことになつているから、右のような選挙運動をする時間的余裕のある筈がないと争うけれども、原審証人綿貫福治(第二回)の証言によれば、右の出勤簿には必ずしも勤務の実状が厳正に記されるとは限らず、勤務時間報告書は右の出勤簿を基にして作成されるものであるから、これ又正確とは言えないことが窺われるので、右のような記載があるからといつて前認定を覆えすに足りない。清水豊の以上の行為は国家公務員法第百二条第一項人事院規則一四―七政治的行為第五項第一号第六項第八号により禁止された政治的行為である。

(ハ)、成立に争ない乙第五号証の三、原審証人下山重雄の証言によると、清水豊は昭和二十四年九月十九日(後掲人事院規則施行の日)以降昭和二十五年初め頃まで何回かにわたり横浜電報局において局員に日本共産党機関紙「アカハタ」を執務時間中配布したことが認められ、右認定に反する原審証人清水豊の証言は措信できない。清水豊の右の行為は国家公務員法第百二条第一項人事院規則一四―七政治的行為第六項第七号により禁止された行為である。

(ニ)、成立に争のない丙第九号証の五によれば、当時横浜電気通信管理所労働組合教育宣伝部長であつた清水豊が右組合ニユース昭和二十五年六月二十九日附第六号に「横浜電報局業務長が従業員の労働条件などに全然無知で、上司のロボツトに過ぎないことを自らバクロした云々」の侮辱的言辞を弄した記事を掲載発行したことが認められ、かように公然侮辱的言辞を弄することは職務上の事項に関する場合であつても許されないと謂わねばならない。

(ホ)、又清水豊が小島敏夫、下山重雄らと共に管理者に対する信任投票を提唱推進したことは前項(三)(ロ)で述べた通りである。

(五)、村山邁について。

いずれも成立に争のない乙第四号証の一、二、原審証人菱苅重己、同雪文苗の各証言によれば、村山邁は昭和二十五年六月三日午前八時二十分頃神奈川県庁附近道路上においてその翌日行われる参議院議員の選挙に立候補した日本共産党公認候補者山口寛治、岡崎一夫のため通行人に対しメガホンをもつて投票方を呼びかけていた事実が認められ、右認定に反する原審証人森秀男、同河井正一の各証言は措信できない。なおこの点に関し村山邁の出勤簿、勤務時間報告書の記載によると、村山邁は昭和二十五年六月三日は完全に勤務した上、更に七時間の超過勤務をしたことになつていることは被控訴人らの明らかに争わないところであるが、原審証人雪文苗の証言によれば、村山邁は同日朝職場にいなかつたし、出勤簿等の記載は必ずしも勤務の実状通り厳正になされているものではないことが窺われるから、これらの記載によつては前認定を覆えすに足りない。村山邁の右の行為は国家公務員法第百二条第一項人事院規則一四―七政治的行為第五項第一号第六項第八号により禁止された行為である。

(六)、下山重雄について。

(イ)、成立に争のない乙第五号証の三及び原審証人下山重雄の証言によれば、下山重雄は昭和二十五年初め頃横浜電報局庁舎内で日本共産党機関紙アカハタを配布したことが認められる。右の行為は国家公務員法第百二条第一項人事院規則一四―七政治的行為第六項第七号により禁止された行為に該当する。

(ロ)、下山重雄が小島敏夫、清水豊らと共に管理者に対する信任投票を提唱推進したことは前記(三)(ロ)の通りである。

(ハ)、下山重雄が横浜電気通信管理所労働組合の執行委員であつたことは前述の通りで、いずれも成立に争のない丙第九号証の二、丙第二十号証の一、二、丙第九号証の四、原審証人渥美金市及び同下山重雄の各証言によると、下山重雄はいずれも日本共産党横浜電気通信管理所細胞で同組合執行委員長高木光雄、執行委員小島敏夫、同清水豊らと共に、昭和二十五年五月頃当時日本共産党が「民主民族戦線のカギ」であるとして極力推進中のストツクホルム・アピールの署名獲得運動のため、前記組合員に対し「吉田内閣の単独講和を進め、軍事基地を求めんとする政策に反対すると共に平和投票に参加すべきこと」を訴え、又昭和二十五年六月四日施行の参議院議員選挙に際し、日本共産党公認候補者山口寛治、同岡崎一夫の両候補を応援するため前記組合の執行委員会において右両候補を推薦することを決め、更に前記の通り清水豊が右両候補の推薦ビラを某をして横浜電報局庁舎の組合掲示板に掲示せしめたため業務長渥美金市よりその撤去を求められるや、下山重雄は右渥美に対し「人事院規則など無視しても構わない」などと暴言をはいて右推薦ビラをそのまま掲示しておくべきことを主張した事実が夫々認められる。下山重雄のこれらの行為や前記アカハタの配布、信任投票の提唱などの行為に照らすと、同人は日本共産党員小島敏夫、同清水豊らと協力して日本共産党の主義主張を支持宣伝した同調者と認めるのが相当である。

(七)、以上の通り小島敏夫、清水豊及び村山邁はただに日本共産党員であるにとどまらず、小島敏夫は参議院議員候補者日本共産党公認山口寛治のため選挙運動をなし、清水豊は参議院議員候補日本共産党公認山口寛治及び同岡崎一夫の推薦ビラを組合掲示板に貼布せしめ、更に右両候補のため道路上で一般通行人に呼掛けるなどの選挙運動をなし、なお又日本共産党機関紙アカハタを配布し、村山邁は右山口岡崎両候補のため道路上で一般通行人に呼掛けるなどいずれも国家公務員法、人事院規則の禁止している政治的行為を敢行したものである。思うに国家公務員法、人事院規則は国家公務員が憲法上全体の奉仕者であつて一部の奉仕者でないと規定されていることに鑑がみ、その政治的中立を保持するため各種の政治的行為を禁止して国民全体の奉仕者として公共の利益のために勤務し、職務の遂行に当つては全力をあげてこれに専念することを要求しているのである。然るに村山邁は敢てこれを犯したのであるから、公務員に必要な適格性を欠くものと判断されても已むを得ないし、小島敏夫及び清水豊が前記国家公務員法、人事院規則に反する行為をし、且上司に対する信任投票を提唱し、又清水豊が組合ニユース紙上に上司に対する誹謗記事を掲載したことは前述の通りで、これら行為は国家公務員として正当な行為の限界を超えた許されない所為であるから、これらの点を考慮し「適格性」を欠くと判断したことは正当と言わねばならない。

次に下山重雄はさきにも触れた通り共産主義の同調者と認むべきところ、アカハタを配布するなど国家公務員法、人事院規則に反する行為があつた上上司に対する信任投票を推進するが如き行為があつたのであるから、これ又前同様公務員に必要な適格性を欠くと判定されても已むを得ないものと謂うべきである。

(八)、控訴人は本件免職処分は控訴人らの抱く政治的信条の故になされたものであるから憲法に反し無効であると主張する。小島敏夫、清水豊及び村山邁が日本共産党員、下山重雄がその同調者であることが、本件解雇の理由をなしていることは被控訴人公社総裁の主張より明らかであるけれども、ただそれだけでなく前述の通り、その行動において国家公務員法人事院規則を無視するものがあり国家公務員たる適格性を欠くものと判定されても已むを得ないものがあつたのであるから、控訴人が違憲を主張するのは当らない。

そればかりでなく本件免職処分がいずれも連合国最高司令官ダグラス・マツカーサーの指示に基くものであることは、弁論の全趣旨に照らし当事者間に争のないところ、同司令官の昭和二十五年五月三日の日本国民に対する声明、同司令官の吉田内閣総理大臣宛同年六月六日附、同年六月七日附、同年六月二十六日附並びに同年七月十八日附書簡等一連の声明及び書簡の趣旨は共産主義者又はその支持者を公共的報道機関からだけではなく国家機関その他重要産業機構から排除すべきことを要請した指示であつて、それは内閣総理大臣吉田茂に宛てられたものであるが、前記日附の官報にも公表されており、それは同時に日本のすべての国家機関並びに国民に対する指示でもあると認むべきである。そして日本の国家機関及び国民が連合国最高司令官の発する一切の命令指示に誠実且迅速に服従すべき義務を有し、従つて日本の憲法その他の法令は右の指示に抵触する限りにおいてその適用を排除されるものである。(昭和二十七年四月二日最高裁判所大法廷決定、昭和三十五年四月十八日最高裁判所大法廷決定各参照)而して小島敏夫、清水豊及び村山邁は日本共産党員であり、下山重雄はその同調者であつたから、前記連合国最高司令官の指示により既に右の理由だけで右四名を国家公務員法第七十八条により免職処分に附したのは有効であると解するほかはないのであつて、連合国最高司令官に対する当時の日本国(政府)の関係からみて右の如き国家公務員法第七十八条の解釈運用が憲法違反であると争う余地はないものと謂わねばならない。而して右処分の効力は処分時の法令に照らし判定すべきものであるから、その当時有効である以上平和条約発効後と雖もその効力には何ら影響はないものと謂うべきである。(前記最高裁判所決定参照)

以上の次第であるから本件免職処分はその他の免職理由の有無当否を判断するまでもなく違法となし得ないのであつて、その取消を求める控訴人の請求はこれを採用できない。第三、被控訴人人事院の判定の当否について。

被控訴人人事院が本件免職処分を承認する旨の判定の理由は、当裁判所が右免職処分を有効と認める理由と若干異るものがあるけれども、免職処分を承認する旨の人事院の判定は結局正当であるから、その取消を求める控訴人の請求は理由がない。

第四、被控訴人人事院の再審請求却下決定の当否について。

当裁判所は右再審請求却下決定は正当であつて、その取消を求める控訴人の請求は失当と認めるものであつて、その理由は原判決の理由と同一であるからこれ(原判決理由中第七被告人事院の再審請求却下決定について(例集一〇巻一二号二六九二ページ一〇行目)と題する部分の説示)をここに引用する。

第五、結語

以上の次第で控訴人の請求を棄却した原判決は相当であつて、本件控訴はいずれも理由がないのでこれを棄却すべきものとし民事訴訟法第三百八十四条第九十五条第八十九条を各適用して主文の通り判決した。

(裁判官 梶村敏樹 岡崎隆 室伏壮一郎)

(別紙選定者目録省略)

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